『ことばの相談室』徒然

ことばやコミュニケーションについて心配や気になること、お子さんに聞こえの問題があり子育てに不安がある、発達全般について心配がある・・・などなど、国家資格を有するカウンセリングサロンです

人工内耳という選択

かなり前なのですが、「音のない世界で」というアメリカのドキュメンタリーを見たことがあります。内容がとても深く、難しく、考えさせられるものだったので記憶に残っています。たしか以下のような内容でした。

 

ろう者の夫婦に生まれた聞こえない女の子の話から始まります。その女の子は聴者の文化に憧れがあり、人工内耳の移植を希望します。両親は娘にろう者として誇りをもって大きくなって欲しいと望んでいます。結局、どんな経過で女の子の気持ちが変化したのかまでは覚えていないのですが、女の子は人工内耳の移植をすることを選択しませんでした。

 

コーダ(ろうの両親から生まれた聴者)である娘に聞こえない子が生まれます。ろう者の祖父母は大喜び。コーダである娘は、聞こえない文化、手話言語を充分理解していて尊重しているのですが、最終的に聞こえない自分の娘に人工内耳の選択をするというものです。コーダである娘が、聞こえない自分の娘に人工内耳をさせることで、ろう者である自分の両親や今まで自分を可愛がってくれた聞こえない人たちを否定することになるのではないか、と悩み、苦しみ、彼女の心の葛藤も描いていました。

 

先日ある本を読みました。聞こえる両親が聞こえない子どもに人工内耳を選択し、その後どのように聞こえない子どもとの関係が変化していくかを数年間にわたって丁寧に追ったものでした。対応手話と音声を使って子どもを育ててきた夫婦2組の話です。それまでは全く音への反応がなかった子どもに、音への反応が見られるようになったということで、聞こえる親にとっては子どもと通じているという感覚が強くなり、子との関係性が変わってきたということを書いています。そして聞こえない子が、親の音声言語を通した著者の言う<声ににじみ出る気持ちの輪郭を理解する>ことで、子ども自身の心の育ちの発達に大きな影響を与えるのではないか、という主旨のものでした。音声日本語を母語としている聞こえる親にとっては、音声言語に自分の気持ちが声のトーンとなって表現される。それが子どもに伝わりやすくなるということで、相互の気持ちの通じ合いの質的改善が認められたということも書かれています。聞こえる親は子どもが少しでも音の世界に近づいてくれると、やはり自分と同じ世界に近づいてきてくれたということで嬉しいのでしょう。しかし、その反面、音声での反応があるということで、聞こえる子どもになったのではないか、という錯覚が両親のなかにおこり、コミュニケーションのすれ違いも起こる場合があることを指摘しています。

そしてその本には、「人工内耳をしたとしても聞こえにくさは解消されないし、聴取改善には個人差が大きい。人工内耳を外せば装用者は再び音のない世界に戻っていくわけであり、その手術は決して聴覚障害を治療するものではない」と書かれています。なので、視覚的な手段である手話や指文字は必ず与えること、そして聴覚障害の仲間とのつながりも大事であると。また、人工内耳の子どもたちに手話や指文字の使用が自由に開かれている、という環境を与えることは大切である、と書かれています。

 

北欧では聞こえない子が生まれたとなると、親は仕事を1年間お休みし、手話講座を集中して受けると聞きました。子どもが人工内耳をしたとしても、手話を与える、ということになっているとのこと。

 

以前、人工内耳をした大学生数名に話をきく機会がありました。装用効果がある人もいれば、そうではない人もいました。でも、共通していたことは、全員が手話を使っていました。日本語対応手話+音声の人もいれば、音声なしの手話の人もいました。そして会場から、子どもに人工内耳をさせるか?という質問があったときに、全員が「させない」と答えていました。

 

私のところに相談にいらっしゃる聞こえる親御さんは、生まれたばかりの赤ちゃんが聞こえないと言われ、それだけでも相当ショックであるのに、何がなんだか分からないまま、やれ補聴器だ、やれ人工内耳だ、療育はどうする、手話を使うのか使わないか、などの選択を次から次へと迫られ、心が落ち着かないまま育児をすることになります。少しでも親御さんの気持ちがはやく落ち着くようにと願わずにはいられません。

 

これからますます人工内耳装用者が増えていくことになるでしょう。人工内耳をして、手話を使わずに育て、聞こえる子の小学校へ入れることを目標に訓練をしているという病院や療育施設があります。私はその考えに反対です。

 

人工内耳の選択は親御さんがするものです。ですから私がその選択をどうのこうの言う立場にはありません。充分な情報を集め、夫婦でよく話し合って決めていただきたいと思っています。そして、選択をする前に、たとえ気持ちが落ち込み、悩み、落ち着かなかったとしても、自分たちの気持ちを律し、聞こえない・聞こえにくいとはどういうことかを充分に理解するように努めてもらいたい。どのようなコミュニケーションをとればよいのかを理解し実践し、子どもに向き合って欲しい。また、子どもと同じ聞こえない人達にたくさん会って欲しいと思います。将来、子どもにどんな風に説明をするのかもきちんと考えておくこともお願いしたいです。

 

そして忘れて欲しくないのは、人工内耳をしても聴覚障害を100%治療できるものではなく、難聴になるためのものであり、必ず聞こえない・聞こえにくい仲間とのつながりや手話や指文字を与えてあげて欲しいと思います。

 

ハート&コミュニケーション

http://kotoba-heart.com

 

南村先生の本、在庫まだあります。お問い合わせください。

 

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