『ことばの相談室』徒然

ことばやコミュニケーションについて心配や気になること、お子さんに聞こえの問題があり子育てに不安がある、発達全般について心配がある・・・などなど、国家資格を有するカウンセリングサロンです

聞こえない・聞こえにくいお子さんを育てているママの手記より

今回から数回にわたって、0歳児クラスに通われてきた親御さんの手記を紹介しようと思っています。手記を掲載することを快諾して下さったママとパパ。ありがとうございます。皆さんの参考になることがたくさんあると思います。では、紹介します。

 

(息子 1歳5か月)

 

産休に入って2日目の夜に破水。出産予定だった病院で切迫早産と診断され、早産児を受け入れ可能な別の病院に救急車で運ばれ、そのまま緊急帝王切開。そんな風にスリリングに生まれてきたTが、NICUとGCUに入院しているひと月の間に受けた新生児スクリーニング検査の回数は、5回に及びました。母子手帳の新スク結果を書き込む場所は、欄外まで「〇月〇日 左右 リファー」の文字で埋まりました。Tが先天性の難聴であることは、精密検査を待つまでもなく、明らかであるように私には思えました。

 

当時、私が感じていた一番の不安は、Tとコミュニケーションが取れないかもしれない、ということでした。私の父方の大叔母は、ろう者でした。父母が離縁して以来帰省も絶えたので、最後にお会いしてから20年以上経っていますが、小柄だったこと、とてもあどけないお顔で笑うこと、「あ、あ」という声や指差しを、今でも覚えています。小学校低学年だった私は、大叔母とコミュニケーションが取れませんでした。大叔母と一緒に住んでいる祖父母はジェスチャーや指差しでやりとりをしていましたが、私にはちんぷんかんぷん。何を考えているのかも、何を言おうとしているのかも分からない大叔母を、少し怖いとさえ思っていました。そんな大叔母との苦い記憶を思い出すにつけ、「私はTと言葉や気持ちを交わすことができないのかもしれない」と、強い悲しみと恐れを抱いてしまっていました。

 

もやもやとした気持ちを抱えながら、初めての育児に四苦八苦している中で、大塚ろう学校の乳幼児相談の存在を知りました。初めて学校を訪れたのは、Tが生後2か月の時でした。忘れもしない12月25日、クリスマスでした。この日に南村先生と関根先生にお会いできたこと、頭がパンクしそうになるほど難聴児育児のお話を聞かせてもらえたことは、私たち家族にとって、とんでもなく特大のクリスマスプレゼントとなりました。

 

さっそく年明けの1月から、アンダー0歳枠で、ひよこ組0歳児クラスのグループ活動に参加させてもらうことになりました。活動の帰りの道すがら、また次の日以降も、ふとした時にグループの時の話を主人とするくらい、毎回毎回、多くの刺激を頂きました。お子さんたちやママたちの笑顔と明るさ、そして良好な親子関係がまぶしくうらやましかったです。また、ロールモデルの萌子先生の人間的魅力に、毎回魅せられていました。感心しているだけではいけないと、皆さんが実践されていること、心がけていることを、自分たちの暮らしに取り入れていきました。

 

まずは、とにかくTを見て、なぜだろう、どうしてだろうと想像するようにしました。例えば、Tはバスが好きです。散歩中にバスを見かけるたび、私や主人を見上げてくること。見上げてくる顔が笑顔なこと。「あぁっ」と大声を出すことなどから、きっと好きなのだろうとわかります。でも、どうしてTはバスが好きなのでしょうか。Tの目線までしゃがみ、走っているバスを見てみると、なるほど、理由が分かる気がしました。大きなタイヤ、その上に乗る長い車体。昼でもピカピカと光るライト。それらは乗用車と比べると、とんでもない迫力なのです。そんなすごいものが、割と毎日、何台も自分のすぐそばを通り過ぎていくのです。「おお、なんだこれは。かっこいい」と、Tは思ったのではないかと想像できました。

同じように、夏の急なスコールは、私からすると「勘弁してくれ」ですが、Tからしてみると「空からものすごい量の水が落ちてきて、自分の体を打ってくる」面白おかしい体験ですし、雪は「思わず手を伸ばしてみたくなる白いふわふわしたもの」なのだろうと思います。

 

Tの様子から、Tの思考や感情を推測し、その理由も考えてみる。そしてそれは、聴覚情報を除いても成立するかを確認してみる。繰り返していくにつれ、何となく、Tが好むものや興味をひくものと、その理由が分かってきたように思います。また、その推測に基づきながらTにリアクションを返していくことで、Tがこちらを見てくれる頻度、見続けてくれる時間が増したように思います。とはいえ、まだまだ分かってあげられずTを怒らせることも多いので、Tに目線と気持ちを合わせて声掛けしていくことは、今後も大きな課題です。ちなみに、Tへのリアクションは、表情、体の動き、声量に留意しました。とにかく大きくリアクションを取ることを基本とし、喜怒哀楽が目や口の形、体の動作で伝わるようにと意識をしました。お手本は、Tが大好きな関根先生です。Tにもわかる大きなはっきりとしたリアクションをしてくれるから、Tは先生が好きなのだろうなあと思ったため、たくさん「真似ぶ」をさせてもらいました。

 

先輩ママとお子さんとが、手話を介して意思疎通を図っている姿が刺激となり、手話学習にも打ち込みました。言語を自学で学習するならまず単語だろうと、『新・おやこ手話じてん』の単語を丸暗記。単語の次は文法や文章読解だろうと、NHKの『みんなの手話』を見たり、書籍『パパといっしょにハッピーサイン』を読み込んだりしました。大叔母との関わりで、…というよりも、関われなかった自分としては、頑張らないわけにはいきませんでした。1歳を過ぎてからはTからも手話表現が出てくるようになり、やってよかったととてもほっとしているところです。ただ、まだまだ成人ろう者の方と会話するには圧倒的に手話力不足ですし、Tに伝わりやすい表現や言葉のチョイスにも課題ありなので、引き続き先生方から教わっていけたらと思っています。

 

そのほか、継続的に行ったこととしては、Tの生活リズムを整えることと、生活の記録をつけることです。

一つ目の生活リズムについては、特別なことをするというよりは、朝起きてから寝るまでの中で、出来るだけ「いつもの」を増やすということを意識しました。次に何が起こるか分からない状態というのは、大人であっても不安に感じるものです。ましてTはまだ幼く、耳の聞こえにくさもあるのです。なおさらだろうと思い、パターン化、固定化できるものはどんどんしていきました。ご飯の時間、遊ぶ時間、寝る時間を極力変えずに日々を過ごしています。おかげで、ずっとTは早寝早起き大食漢。体調を崩したこともほとんどありません。

 

二つ目の生活の記録については、書き始めた低月齢のうちは何を書こうか困る日も多かったです。ですが、「寝る前に生活の記録を書く」ことを意識して毎日を過ごすことで、徐々にTの変化が目に留まりやすくなりました。今では、毎晩主人と「今日の生活の記録に書きたいこと」をテーマに会話をし、その内容を書いたり書いてもらったりする習慣が定着しました。また、関根先生からの赤入れも大きなモチベーションでした。Tの様子について時に共感し、時にアドバイスをくださり、ありがとうございました。

 

最近になって、「Tは耳『が』聞こえにくい」のではなく、「Tは耳『は』聞こえにくい」のだ、という風に考えるようになりました。

Tは目が見えますし、味の違いの分かる男ですし、何でも触ってしまう手も、もうすぐ一人で歩いてしまいそうな足も持っています。

よく笑って泣いて怒って、毎日楽しそうに生活しています。

人や物の好みも出てきており、それを表情や体の動きで表現できます。

児童館のスタッフさんも、コンビニの店員さんも、工場の守衛さんも、Tに好意を寄せてくれ、笑顔を向けてくれます。Tには、他人に好意を寄せてもらえるだけの魅力があります。

もう私は、「Tとコミュニケーションが取れないかもしれない」と不安に感じることはありません。反対に、今日Tは何をやってのけてくれるだろう、明日はいったいどんなことを伝えてくれるだろうと、楽しみに思いながら日々を過ごせています。

 

最後に、自分がこれだけ前向きに考え、Tの育児に意欲的に取り組めているのは、いつも一緒に考えて一緒にTを育てている主人がいるからです。この場を借りて、最大限の感謝を。

また、Tをかわいがってくれる、見守ってくれる大塚ろう学校のすべての先生方、同志のひよこ組のママパパにも感謝しています。

 

これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

 

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