『ことばの相談室』徒然

ことばやコミュニケーションについて心配や気になること、お子さんに聞こえの問題があり子育てに不安がある、発達全般について心配がある・・・などなど、国家資格を有するカウンセリングサロンです

ビーフ・ブルギニオン レシピ

ずっと雨で寒くて、太陽が恋しいです。

いつもお読みくださり有難うございます。

ことばや発達に関するお話を書くことが多いのですが、今日はちょっとブレイク。ビーフ・ブルギニオンのレシピを教えて、とのことでしたので、お伝えしますね!

 

牛のスネ肉を1キロ。お肉はちょっと大きめに切り、小麦粉をまぶします。

鍋にバターをとり、強火でお肉を入れて炒めます。よく焼き色をつけてください。そこに玉ねぎを2個、千切りにして加え炒めます。そこに赤ワインを500ccと水1カップ、塩と胡椒、市販のブーケガルニ、潰したニンニク1片を加えて弱火で2時間。グツグツ煮ます。

2時間経つと、家中が美味しそうな匂いになり、お肉がすっごーく柔らかくなっています。そこにマッシュルームと厚く輪切りにした玉ねぎを2個、加えて20分。

最後に柔らかくしたバター大さじ1と小麦粉大さじ1をフォークで混ぜ合わせ、お鍋の中に加えて混ぜツヤを出します。塩・胡椒で味を整えましょう。

はい!出来上がり。とっても簡単。

 

付け合わせは茹でたジャガイモが本場っぽいのですが、我が家ではジャガイモではなく太いパスタにしています。パセリを散らして ボナペティ!

 

美味しくできたかどうか、お知らせくださいね!

チャーミングなフランスマダム

数日前は暑かったのに、昨日から雨降りで寒くなりましたね。

 

以前、<ビックリ! フランスの子育て>というお話を書きました。そのお話の第二弾でフランスでの出来事。

 

フランスに住んでいた時、年齢を聞かれたことが全くと言っていいほどありませんでした。年齢を意識しないお国なのでしょうね。なので日本に10年ぶりに帰ってきて最初面食らったのは、年齢を聞かれることでした。そうだった、そうだった、日本では直ぐに年齢を聞かれるんだった、と思いました。さて、私は趣味でフランス料理の教室に月1回程度通っていました。その教室でおかしなことがありました。そうそう、そのおかしなことの前に、フランス人ってまな板を使わないで料理をするのです。玉ねぎのみじん切りは器用に手に持って。パセリのみじん切りはコップにパセリを入れてハサミでチョキチョキ。

その料理教室にコックを目指している日本人男性が参加していました。なかなかハンサムな男性で、その料理教室に通っているフランス人熟女達に大モテでした。可笑しかったのは、ある日、料理教室に通っているフランス人のおばあさんが、その日本人の男性に「ねぇ、〇〇(男性の名前)。見てくれる?」と言って、履いてきた赤い網タイツをスカートのすそをチラッとめくり上げ見せてくれたのです。これには教室中で大笑い。冗談ですけれどね。でも何てチャーミングなんだろうと思いました。あとで分かったことですが、そのおばあさんは80を超えていました。すごい!

何歳だからこう、何歳だからこうあるべき、という感覚がない国なのです。

 

そうそう、日本に戻ってきてもう一つ違和感だったのは、「〇〇くんのママ」と言われたことでした。向こうでは名前で呼ばれていたので、最初は慣れなくて、なんか自分がなくなってしまったような感じがしてカルチャーショックでした。さて、犬を飼ってまたまたカルチャーショックだったのは、「〇〇(犬の名前)くんのママ」と呼ばれたことでした!うっそ〜!わたし、犬、産んでない!とビックリ。その話をフランス人の友人に話したら大笑い。でも、今では慣れて、「〇〇(犬の名前)くんのママ」と言われて、「はーい、そうです。」と返事をしている私がいます。アハハ!

 

下の写真は秋になると1度は必ず作るフランス仕込みのビーフブルギニオン。牛肉の赤ワイン煮。フランス人の大好きな牛肉を国の誇りの赤ワインで煮込んだもの。本当はブルゴーニュワインを使うのですが、ブルゴーニュは高すぎて料理には勿体無いので使わず、安いワインで代用。安いワインでも美味しくできますよ。もし、レシピを知りたい方はご連絡くださいね。

 

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聞こえない赤ちゃんたち

私が出会う聞こえない赤ちゃんたち。ご両親は新生児スクリーニングで我が子が聞こえないと言われ、皆さん不安を抱えて来室されます。不安の中での子育てのスタートだろうと思うのですが、こちらの伝えることを皆さん一生懸命に受け止めようとしてくださり、子供の成長を信じて、聞こえない子の子育てをされています。

不思議ですね。聞こえない赤ちゃんは90%が聞こえる両親から生まれてきます。聞こえないお子さんが生まれることでスッと新しい扉が開き、その扉は新しい世界へとつながっています。

そしてお母さんたちは必ず子どもと目と目を合わせて、手話と音声、身振り、表情、写真カードなどを使いながらの子育てが始まります。

 

生まれてから1年間は本当にあ〜でもなければ、う〜でもない。本当にこれで大丈夫なのかしら?と思いながらの子育てだと思うのですが、それは聞こえる赤ちゃんも同じこと。丁寧な子どもとの関わりを続けることで、1歳くらいになると初語としての手話が表出されるようになってきます。その愛らしい手で紡ぎ出されることばは本当に可愛らしい。ことばで表現できるということは、理解できることばがたくさんその子の中に詰まっていることが必要で、ことばが理解できていることの前に理解できる事柄がたくさんその子の中に育っていなければなりません。

 

まだ1歳ちょっとのお子さんが、傘を見て「雨」と手話で表現してくれたとママから報告がありました。すごいですねぇ。色々なことが関連づけられているのですね。その子に私が「お友達いるよ。いいねぇ!」と伝えると、その可愛らしい手で「お友達 いいね!」と真似をしてくれたり、自分で上手にできると「上手」という手話をして拍手する姿などが見られます。

 

またある1歳のお子さんは早く帰りたくて、ママが持ってきたバッグ、日傘、抱っこ紐、自分の帽子をかぶって身支度していました。よくわかっているものだな、と感心しました。さすが目の子!よく見てちゃんと見比べています。

 

手話を使って子育てをすることで、考える力、知識の獲得、ことばの概念は聞こえるお子さんと遜色なく育ちます。

 

ドレペ神父が世界で初めて聾唖学校を建てた、と言われているフランスでは、聞こえるお子さんにも手話と音声を使って教育をしている保育園があるそうです。手話を使うことで認知力の向上が期待されると報告されていました。

 

庭に咲いた小さな紫色の花。

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好きこそものの上手なれ

先週、公園にカマキリがいました。カマキリを見るとある男の子とのエピソードを思い出します。

以前担当していた発達に遅れのある男の子。公園にみんなで散歩に行った時、偶然カマキリを見つけ、それからカマキリに興味を持つようになりました。

興味があること、好きなことを見つけられるととっても良いですよね。そこから色々なことが広がっていく可能性があります。

 

個別指導の時、カマキリが好きだというのを聞いていたので、一緒に折り紙でカマキリを作ったり、色々なカマキリの画像を一緒に見て、そこからカマキリの名前を調べて平仮名を書いてみたりしました。

お家でもカマキリのお話は続き、カマキリの写真を見ながら絵を描いてみたり、図書館で図鑑を借りたりしていたようです。お母さんもよく付き合っていて本当に素晴らしいな、と感心したものです。

 

そんなこんなでその男の子は色んなカマキリをよく知っていました。ある日、聞いたこともない名前のカマキリを言うので、本当にそんなカマキリいるのかなぁ〜?と調べてみると本当だ!いたいた!

 

カマキリの絵も最初描いたものより、1年後にはパワーアップ。とっても上手に描けるようになっていました。

好きこそものの上手なれ。本当ですね。

 

懐かしいな。あの子、どうしているかなぁ。今頃、昆虫大好き博士になっているかも知れない。ゾロ目くんに引き続き、思い出深いお子さんのひとりです。

 

ことばの力

もうだいぶ前の話になりますが、とっても印象に残っている出来事があります。ダウン症の男の子のエピソード。その子はちょっと頑固ちゃんなところがありました。個別指導が終わり、片付けてもう帰ろう、ということになると、まだ帰りたくないと頑として動かない。教室の真ん中に腕を組んで座って怒り始めるのです。なので毎回毎回終わりにするのが大変でした。

 

そんなことが何回か続いたある日の個別、また今日も怒って動かなくなっちゃうかなぁ〜、と思いながら、「お終いね。片付けようね。」と伝えると、「仕方ないね〜。」と言いながらあっさり片付けをしてくれたのです。えぇ〜!どうしたの〜!ビックリ〜!

お母さんに聞いてみると、家で同じようなことが起こった時、「まだ遊んでいたいよね。でも、もうおしまい。仕方ないね。」と彼の気持ちを代弁した言葉かけを続けたそうです。その仕方ないね、という言葉が彼の気持ちにフィットしたようで、ある時から「仕方ないね。」と言いながらスッと片付けをしてくれるようになったとのこと。

 

大人は片付けた後の見通しが立っているので、片付けなくちゃな、と思います。片付けたら夕飯作って、お風呂に入れて・・・などなど。でも子どもはそうではありません。片付けた後、どういうことが待っているのかを伝えていくことも大事です。そしてこのお母さんがされていたように、子どもの気持ちに共感した話しかけをして、子どもの気持ちをまず受け止めてあげることも大事です。

 

話すことは放すこと。一言、自分の気持ちにフィットしたことばで気持ちを言い表わせるようになると、行動が落ち着くのです。それまで行動で言い表していたことばにならなかった気持ちを、ことばで言い表わせるようになるからですね。

 

友達におもちゃを取られそうになると、友達のことを叩いてしまう子も、一言、「いやだ!」と言えるようになると、行動が変わってきます。ことばってすごい力を持っているのです。そのことばを育む手助けをしていくのは私たち大人。話しかけを大事にしていきたいですね!

 

下の写真は夏に綺麗に咲いた黄色いカサブランカ。百合って植えっぱなしでも毎年美しく咲いてくれるので偉い!

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聞こえるように見えるけれど

雨の日曜日。台風が接近しているようです。皆さんはいかがお過ごしでしょう。

 

私が役員をしている ろう・難聴研究会でも、聴覚障害をお持ちのご本人をお呼びしてお話を伺うことがあります。先日も、研究会ではなかったのですが、ご本人のお話を伺う機会がありました。

 

お話しをしてくださった方々は、まだ大学生。まだまだ口話教育が主流だった時の方ばかり。インテグレーションで聞こえる子の学校に通っていたり、ろう学校に通っていたとしても、まだ手話での教育が今ほど定着していなかった時代の教育を受けた方。そして自分のアイデンティティーに葛藤している若者たちでした。

 

中には中等度難聴で綺麗におしゃべりができる方もいました。

綺麗におしゃべりができることで隠されてしまう聞こえにくさ。綺麗におしゃべりができるけれど、聞こえない。聞こえるように見えるけれど、聞こえない。そして聞こえないということを周囲の人たちも、本人でさえもよく分からない。聞こえる私たちのように何となく聞いていても相手の話が分かるのではなく、全身全霊で聞かなくてはならず、全身全霊を傾けたとしても全部の情報は分からないし伝わらない。一番自分のことを理解してもらいたいはずの家族にも、聞こえにくいということは理解してもらえず、家族の中でも孤立が深まる。聞いていなかったあなたが悪い、と片付けられてしまう。親は伝えたつもりだったのかも知れないけれど、伝わっていない家族の会話。その積み重ねが毎日毎日起こり、それが何十年と続いてしまう恐ろしさ。

 

ヘレンケラーが「目が見えないことは私を物から切り離し、耳が聞こえないことは私を人から切り離す」と表現していました。毎回お話を伺う度に心が痛くなる。ジーンと心に突き刺さるような孤独。家族はどうぞ一番の理解者であって欲しい。そしてこのような本人からの話を、言語聴覚士や医療従事者、聴覚教育関係者にももっと聞いてもらいたい!

 

下の写真はサングラスをかけられて嫌がっているうちのワンコ。

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理想的な子育てのチャンス

ハート&コミュニケーション という素敵な名前をつけてくださった、私の人生に大きな影響を与えてくださった先生。その先生の講演会の中にこんなお話がありました。

 

<あるお母さんがおばあちゃんにこう言われたと。「あなたは聞こえない・聞こえにくい子供を持って本当に幸せなのよ」って。そう言われたのですと言っていました。どういう意味かというと、前にもお話しましたが、聞こえない・聞こえにくい子供を育てるということは、本当に子育ての基本。こうあるべき理想的な子育てができるチャンスをもらったということなのです。>

 

だいぶ前の話になりますが、私はこの先生が以前おやりになっていた聞こえない親子が通う教室に、実習生として1ヶ月近くお世話になっていました。先生がご自分の経験から、手話の必要性を訴え、大きな転換を図ってからの実習生でした。

 

どんな子どもにとっても子どもの学び場は遊び。遊びの中からたくさんのことを吸収していきます。学習的なことも、感情的なことも、体験することも、想像・創造することも。

先生のおやりになっていた教室は遊びが中心でした。遊びの中に学びがあり、遊びの中にことばを育む要素がたくさん入っている教室でした。本当に遊びしかしていなかった!

初めて実習に行った日はず〜っと遊んでばかりいるので、「あれ?」と意味がよくわかりませんでした。でも、毎日様子を見させていただくうちに、その遊びの中に含まれている深い意味が分かるようになりました。

親子が本気で向かい合い、豊かなコミュニケーションを取りながら遊んでいるのです。子供はみんな、お母さんが自分に寄り添い、共感し、コミュニケーションをとってくれるので生き生きとしています。本当に楽しそうでした。私はその頃子育ての真っ最中。自分の薄っぺらい子育てを反省しました。私の次に実習生としてお世話になった方も、その時子育ての真っ最中。「本気で子供と向かい合って子育てしているお母さん方の姿を見ると、自分の子育てがあまりにも浅いので、途中から実習に行くのが辛くなったわ。」と言っていました。

その先生に伝えたことがあります。「先生、聞こえない子の教室だけではなく、聞こえる子の教室も開いて欲しい」と。

小さい頃に親がこんなにも向かい合い、深い愛情を注いでくれたという体験は、その子の一生のお守りになるはずです。どんなに辛いことがあったとしても、きっと乗り越えられる力になるでしょう。そして、親にとってもこんなに濃密な子育てを体験できたことは幸せなことです。

 

そして、こんな素敵な教室に実習に行けるチャンスを与えられた私は本当にラッキーでした!その先生は今でも現役!日本中を飛び回って、聞こえないとはどういうことか、聞こえにくいとはどういうことか、を説いてくださっています。私の人生に大きな影響と豊かさを与えてくださった先生に、感謝です。

 

下の写真は、クローゼットの段ボールのお家でくつろいでいるうちのニャンコ。

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